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2017年12月4日月曜日

ニュージーランド で 運転 Queenstown~Mt.Cook

QueenstownからOmarama,Twizel,Mt.Cook  

南島にはQueenstown で上陸します。空港のAceレンタカーから日産TIIDA を借ります。勿論、GPS も一緒にです。全く初めての国、地域を間違えずに辿り着ける。文明の力、GPSのお陰です。
 勿論、地図等は事前に調べておき、所用時間を把握しておきましょう。

 先ずは腹拵えの為、空港近くのマーケットで食糧を買い物、走りながらの昼食です。

Queenstown - Mt.Cook 

 そこから、一気にOmaramaに向けて走ります。
Omaramaの30キロ先に、Twizel(トワイゼル)があります。Twizel にRuataniwha(ルアタニファ)湖があり、到着当日に、そこでお医者さんと一緒にダブルスカルを漕ぐ約束になっています。

 Omaramaで8号線を東に折れると、あの地震で有名なChristchurch(クライストチャーチ)に通じます。Mt.Cookを訪れる日本の方は、結構Christchurchで上陸される方も多い様です。

NZでの走り方

NZは一般道、片側1車線、制限速度100キロ。初めての道を、制限速度ギリギリに。私は楽でした。制限速度も日本と違ってリーズナブルです。その制限速度を超えたら、誰もが危ないと感じる速度に設定されています。まあ、これは日本とNZ の人口密度、自動車密度の差にあるのでしょう。
家内はやはり怖い様でした。

 後続車への気配りが最優先

NZ もオーストラリアも運転マナーの第一は後続車に対する気配りです。自分が100キロ出せない時に、後続車に如何に上手に追い抜かされるか。これが大事なのです。

 「ノロノロ走るならば後続車に道を譲れ」

こんな標識をオーストラリアで見ました。それだけ、交通手段として、自動車は必需品なのです。オーストラリアは延々と道が続きますから。

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ニュージーランド ドライブ 行程

ニュージーランド

ニュージーランドは北島と南島があります。
ニュージーランドの地図と旅程
  • 北島のオークランドで入国
  • 南島のクイーンズタウンに着いて、レンタカー(最安値のACEで)借りて、
  • Deposit は2,000NZD だがそれで安心。NZ(対人は国家補償とか?)
  • オマラマへ直行。そこからTim の待つルアタニファ湖へ、漕ぎ終わって
  • テカポ湖へ一走り。戻ってオマラマ泊、
  • 翌日はそこでグライダー。マウントクック、ハーミテージに泊まる。
  • ハイキングして、クロムウエルのフルーツストック経由でクイーンズタウンに戻る。
  • そこを拠点にミルフォードサウンドツアーとか。
  • クイーンズタウンを離れて、出国するオークランドに一泊。そこで今迄味あわなかったニュージーランドの都会の風を聞く。
運転中の家内
 英国系のオーストラリア、ニュージーランドは日本と同じ自動車左側通行。
なので、家内も初の海外運転。
 何せ片側1車線を制限速度100キロで皆走る。すれ違いの時の相対速度は200キロ。
 レンタカーには、営業所の誰も教えてくれないが、しっかり日本語で書いてある説明書が車内に備えてある。
  • ガソリンの入れ方、
  • 異常時の対応。
  • 基本はニュージーランド判JAFに連絡する。
  • JAF会員証カードは持参、携帯した。が、使うことはなかった。
レンタカーは傷だらけの車体だから、かえって気にすることはなく、楽でした。
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Blue Angelsの曲技飛行を見る 第1部 2010.9月


米国海軍曲技飛行"The Blue Angels"を見にハワイへ 2010.9月
Blue Angels のFA18を背に私(オアフ島カネオへ海兵隊航空基地)
  ブルーエンジェルス。太平洋戦争後間もなく誕生したアメリカ海軍の曲技飛行隊です。私がこの存在を知ったのは小学生の時、フジテレビで放送されていた米国のテレビ番組「ジェットパイロット」でした。
定年退職に近づき、余生が短くなるとやっておきたいことが一つや二つある。

物造り屋の端くれとして航空宇宙に携わった飛行機大好き男にとっては、その一つがBlue Angelsの曲技飛行を見物することだ。
 この飛行隊は米国が日本に勝利した翌年、二ミッツ提督が作った64年の伝統がある。
目的は海軍のリクルーティング。

米国本土ならばシーズン中、毎週末、何処かでショーが行われる。ところがハワイは毎3年。そこで私57歳、BAか2010年にハワイを訪れる機会を狙いハワイ、オアフ島、米海兵隊カネオヘ基地に見に行った。

以下が帰国時に作ったサイトです。


ワイキキビーチからレンタカー(クライスラー)でカネオヘ基地迄は30分もかからない。ですが観客が皆様車で来ているので、ショーが終わってから基地を出るまで時間が掛かりました。


飛行演技は流石に世界一である。

やはり実物はビデオと違い迫力満点。
この日は雲が高くにあって、一部の演技が割愛されたのが残念でした。

オアフ島独特の地形と風で仕方がないらしい。

ちなみにこの時家族はワイキキの浜辺で楽しんでいました。

観客席は有料の二等をインターネットで購入。飲み物、ランチボックス、耳栓、プログラム付き。

地元の何世か判らない川崎ファミリーとそこで知り合いになり、帰国後、彼のプロ並みの動画映像の入ったDVD が贈られて来ました。
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2017年12月3日日曜日

Blue Angelsの曲技飛行を見る 第2部 2010.9月

Blue Angelsの曲技飛行を見にハワイへ 第2部 2010.9月
米国海軍デモ飛行チームによるアクロバット飛行
2011年9月26日、米国海軍展示飛行隊"Blue Angels"に会いに、Hawaii Oahu島Kaneohe海兵隊基地で開催された

"Kaneohe Bay Air Show 2010"
"Blue Angels"の存在
  • "Blue Angels"は太平洋戦争に勝利した1945年、米国海軍ニミッツ提督が誕生させた飛行チームで、曲技飛行を行っています。
  • このチームは毎年4月から11月の週末、米国各地で飛行を展示し、米国海軍のリクルート活動を行っている。
  • 私がこの飛行チームの存在を知ったのは、フジテレビでモノクロ放送された(1961年12月9日から1962年9月29)グラマンF-11F-1タイガーによる曲技飛行シーンを見たから。
  • 米空軍の"Thnderbirds"は、定期的に日本訪問をする。2010年10月、浜松に訪問の際、見に行った。天気が残念でした。
  • "Blue Angels"は、1971年(昭和46年)小牧の国際航空宇宙ショーにF4J「ファントムⅡ」のブルーエンジェルスが飛来した。11月2日、ブルーエンジェルスの演技開始以降、住人の苦情で中止、その後、"Blue Angels"は一切来日はない。
  • 米国本土の基地は、毎年"Blue Angels"が来訪するが、"Hawaii"は3年に一度。60近い私が日本訪問をしない"Blue Angels"を見ることを我慢するのも、そろそろ年貢の納め時だろう。と思い、2010年9月、"Hawaii"に行って、"Blue Angels"に会って来ました。

The Blue Angelsに会いにに行って来ました。




"米海軍厚木基地、第5空母航空団第195飛行隊長(Dambuster)、
後にBlue Angels飛行隊長になる"
  • 米海軍厚木基地は、御存知のとおり、横須賀に展開される空母、現在は"USS George Washington, CVN-73"の艦載機の航空基地である。空母が横須賀を離れて大島当りに達すると、厚木基地から出ていき合流するらしい。
  • 厚木基地の公開はひじょうに良かった。2000年頃までは、空母艦載機が本当によく飛んでくれて迫力があった。
  • 毎回、厚木基地の公開をしている内に、何度か会話をしてくれたのが、当時Cdr. Russell J. Bartlett氏だった。基地公開時しかお会いすることは出来なかったが、航海、訓練中にも頻繁にメールで交信して頂いた。最初にお会いした時は、第195飛行隊副長(XO:Executing Officer)であったが、2年位して飛行隊長(CO:Commanding Officer)になられた。
  • 厚木基地の航空祭もご多分にもれず基地周辺の住人からの騒音の苦情により、華やかだった曲技飛行も縮小され、2000年が最後だったと記憶している。
  • 飛べなくなった航空祭で、彼はつまらなさそうであった。
  • 最後の会話で、厚木の後は、何処に行くつもりか尋ねたら、将来は、原子力空母の艦長になりたいと言っていた。
  • "Blue Angels"のことを聞いたことがあった。その時に同じ空母航空団(CVW-5)の副司令官(現Rear Admiral Douglas L. McClain氏が、"Blue Angels"の隊員だったので、"Blue Angels"の採用について聞いていると言っていた。
  • それから、何年か立って、彼が、"Blue Angels"の飛行隊長(2003-2004)になったことを聞いた。


米国の航空ショー
The Blue Angels 2010
on MCAS Kaneohe 


  • 良い撮影をしたいならば、日本からも可能です。"Chalet"を予約した方が良い。
  • 複数メンバーで、行かれる場合は別ですが、私の様に単独で行く場合は、開門と同時に席取りをしておいた方が良いでしょう。
  • 撮影時、飛行機を人の背中越しに撮影するのは、出来栄えも宜しくないです。
  • 仲間を作って、席をキープしてもらうのも良いと思います。ただし、相手は複数メンバー。家族とか。
  • "Chalet"も段階があり、ランチ、プログラム、耳栓、飲料水飲み放題、お土産記念品付き、アルコール付きなど色々です。
  • 私はレンタカーで、カネオヘ基地まで往復しましたので、アルコールとお土産のない"Devil Dog Chalet"にしました。
  • 現地のKawasaki Familiesと知り合い、帰国後、Mr. Kawasakiが撮影編集したビデオが送られて来ました。プロ顔負け。
  • 雲が多かったので、期待の6機による"Loop Brake Cross"は残念ながら見られず。後からBartlett氏から彼が隊長の時にカネオで演技した時は、もっとコンディションが悪かったとのことでした。まあ、諦めよう。


飛行演技前のBlue Angels

FAT Allgert Air Line

演技を終えて


翌日見たKaneohe海兵隊基地


お土産一式 Jacketは編隊の刺繍入り 超豪華

こぼれ話し
  • "Blue Angels"と米海軍厚木基地の結びつきは結構ある様だ。
  • 先に述べた空母航空団(CVW-5)の司令官だった現Rear Admiral Douglas L. McClain氏(小将)が、"Blue Angels"の隊員(1987-1990)で 7, 3 ,4 番機を勤めていた。
  • 現Admiral Patrick M. Walsh/Commander, U.S. Pacific Fleet(米国太平洋艦隊司令長官、提督=大将)も、厚木の第192飛行隊(Golden Dragon)から始まった。やはり彼も"Blue Angels"の一員となった。彼は、2011.3.11東日本大震災に対する「友達作戦」の司令官も務めた。
  • "Blue Angels"の出身者からは数多くの海軍幹部が出ている。
  • そこも凄い。

  • Blue Angels F/A18を背に私

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15 Mon ニュージーランド で 飛ぶ

Gliderで飛ぶ Glide Omarama by Duo Discus

グライダーで飛ぶ



先ずはこちらを → Click Here


 発動機の付いた飛行機がある制限の中、自力で飛ぶのは当たり前だが、グライダーが何百キロも飛び続ける。それを生涯に一度体験したく選んだのが、ニュージーランドのOmaramaでした。
 第一次大戦争で負けたドイツでは単座航空機の製造は禁ぜられた。そこでグライダーの開発が進んだらしい。
 勿論、私に見えない気流を読む力は無く、当然ベテランのパイロットに連れてって貰う。世界にはグライダーに適したポイントがあるが、私は景色も考慮して、Omarama を選んだ。ここのグライダーシーズンは11~2月が良いとのこと。南半球の夏2月に夏休み、しかし、日本では冬休みを取る感じだ。
  • お世話になったのは  Glide Omarama
  • Gliderの機種はDuo Discus 、span 22m 滑空比45以上の高性能
  • Pilot は出稼ぎに来ている英国人のMike氏
  • ここはニュージーランド南アルプスか近く、ウェーブ滑空ができる所。私も山岳飛行が出来ることを期待したが、2時間半、飛行距離324km、最高高度10千フィートの飛行は体験できたが、Southern Alps の上を飛ぶことはできなかった。

         グライダーの中の私 
       
         Glide Omarama reception
        
         盆地の様子。緑色の円形は散水による
        
 Sierra Motel をチェックアウトし、Glide Omarama の受付に行く。Guy 氏に日本土産のゴーフルを渡し挨拶すると、向こうもSuzuki と判った。既に10時のBriefingが行われていた。家内と共にBriefingの説明を聞く。説明からすれば、今日はウェーブが期待できそう。地上の風も強く期待させられた。

 私の飛行予定は午後2時からMike氏とのことなので、一度、飛行場を離れて、Pukaki 湖辺り迄足を伸ばした。本当は、Mt.Cook迄行けるかと思ったけれど、Pukaki湖は、本当に奥が深く40km以上の長さがある。途中まで行って、撮影して戻って来た。

 Omaramaに戻り昼食を済ませ2時ちょっと前にGlide Omarama の事務所に着く。Mike氏は昼食をとってちょっと遅れてやって来た。今日、Long Fligit Trial をする客は私だけの様だった。挨拶を済ますと飛行時間を尋ねられた。GlideOmaramaには、私が単発の免許を取っていることは伝えていた。コミュニケーションにはお互いが理解しあっていることが大事。動力付の飛行経験はあるが、見えない気流を読んで滑空を続ける術を持たない私なので、操縦は先生にお任せすると伝えた。

 が、しかし、山岳飛行はできずMackenzie盆地の領域だけを飛ぶことが判り、途中で操縦桿を握らせて貰った。

 午後2時20分頃、飛行機に曳航されて離陸。2千フィートで離脱する。離脱から10千フィートに上昇する迄にそんなに時間が掛からなかった。グライダーの上昇率は、オーディオ・バリオが発する音で判る。上昇率に応じた周波数の音が発せられる。上がれば高い音、下がれば低い音。
 サーマルと呼ばれる上昇気流の柱の中を旋回し続けることであっという間に10千フィート迄上がった。 オーディオ・バリオの音調も調子良かった。
 そこまで上がった後、Southern Alpsに向かおうと西に針路を取った瞬間、山の峰に達した時、3千フィート程高度を下げた。ウェーブは波、上昇一方通行の領域とは異なり、上がれりと下がりが交互なのだ。残念ながら、今回はウェーブの登りに出会うことができなかった。
 そんな状態で山にも行けないので、盆地をぐるぐる廻っているのも飽きたので、待たせている家内を考え帰投を決めた。

 途中、宙返り、ハンマーヘッドターン、失速のアクロバット飛行を体験させてもらった。宙返りの後半は、自分がシートからズリ落ちる所をハーネスが支えるてくれる感覚である。
 着陸して、事務所に戻り、Mr Mike他お世話にになった人達に挨拶をして、Glide Omarama を離れた。

         離陸前の記念撮影Mike氏と

 パラシュートを装着するんです

 早大航空部に本当に短い間お世話になっていた頃、何度かグライダーを体験しましたが、パラシュートを装着するなんてことはありませんでした。これもお国柄なのでしょう。ニュージーランド、Omarama付近は何処でも不時着可能な地域です。実際パラシュートを装着していても、グライダーから脱出する技術が無いから、多分気休めでしょう。でも使用方法は習います。
         Hermitage Hotel

Hermitage Hotelで第二夜
Hermitage Hotel

家内がお友達からニュージーランドならMt Cookね、を聞いてここに来ることになった。偶然にもOmarama ,Ruataniwha湖のあるTwizel からは近い。Mt Cook の近くには、このホテル位しか目立たなかった。初めはこのホテル予約が取れなかったが偶然予約できた。日本からのツアーですとここは常宿。メニューも日本食が豊富、納豆、豆腐、寿司もある。西洋人からすればお気に召さないだろうが、我々には合っている。
 と言うことで、夕食、朝食とも、ここのbuffet を食した。部屋からはすぐそばにMt Cook を拝める。スイス、ツエルマットのホテルの部屋からも、マッターホルンを拝めたことを思い出す。
 雲の多い夜であったが、ホテル主催の星空観測に参加した。場所はMt.Cook飛行場とホテル内のホール。
  • ニュージーランドのある南半球では、太陽、月は空の北側を通過する。
  • 星座は北半球と上下逆さま。
  • 南半球の上弦の月は、北半球の下弦の月。
  • 南十字星は、北極星の様に天頂に有るわけではない。
  • ここの夜空よりハミルトン島で見た夜空の星空は凄かった。
  • 但し日本語解説付きはwork holidayのお嬢様方のお陰で判りやすい。


グライダーで飛ぶとは


with courtesy of Glide Omarama & Mr. Mike



航跡記録は次

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